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日枝神社の富士講碑(清瀬市中清戸2-616)

富士塚一覧表にあったので富士塚かと思って清瀬市の日枝神社に行ってみました。

 

この日枝神社は清瀬市が有形文化財に指定している本殿を持つもので江戸時代中期のもののようです。

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また、この説明版の横には珍しい三猿の燈篭がありました。

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屋根付きです。やけてしまったのでしょうか、かなり文字が読みにくくなってしまった説明版も横にありました。もともと日枝神社は山王権現社で、山王権現のお使いが猿だと信じられていたことから作られたもののようです。



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寛文 4(1664)年と宝永 7(1710)年のもののようですが、六角形の燈篭の下に三猿が彫られています。最初は三猿という文字があったので庚申塔か何かと思って見に行ったのですが、違ったようです。

そして、本殿に向かって左側にちょっとした塚があります。

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清瀬市の方のブログにも富士塚と書かれていたので、これが富士塚なのかと思いました。

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正面から見ると25段の石段があって、その下の方にボク石らしきものもあって、上に祠が3つもあります。

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登ってみるとかなり高くて見晴らしはこんな感じでした。


ところが、さきほどのブログの写真をリンクしてみましたが、確かに麓には「富士山太々講記念碑」という石碑があります。富士講碑ですね。でも、それ以外に富士塚らしきものが見つかりません。

そして、この近くにこんな碑が…

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上にあった祠は御嶽神社でした。つまりこの塚は文化3(1806)年に御嶽講の人々が築山したもの、つまり御嶽塚で、昭和48(1973)年に石段をつくったもののようです。でも、富士講碑がなぜここにあるのでしょうか。太々講とは青梅の御嶽山にまつわる講などにも用いられているので、同じ講で富士登山もした記念碑なのでしょうか。

 

 

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